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和歌山の山里で会いましょう

和歌山県は那智勝浦町色川というところから、寄稿させていただくことになりました、米川智史と申します。

初めての今回は、自己紹介も兼ねながら、那智勝浦、色川がどんなところかをご案内しますので、ぜひ、お付き合いいただけたら幸いです。

秘境、那智勝浦町・色川

早速ですが、皆さんは和歌山県那智勝浦町というところを知っているでしょうか?

そもそも和歌山県の場所がわからない、という声が聞こえてきそうですね。和歌山県は、三重県、奈良県、大阪府に隣接している県で、大半が紀伊半島のなかにあるとても縦に長い県です。そのなかでも那智勝浦町は、半島の東南端、先っぽにあります。名古屋からも大阪からも平等に遠く、東京からだと新幹線込みで乗り継いでも約8時間!「抜群にアクセスの悪い町」と胸を張って言える町です。

那智勝浦町は、ざっくりいうと観光業とまぐろ漁の町。まぐろは、水揚げ量日本一を誇り、世界遺産である那智大社や那智の滝、熊野古道は町の大事な観光資源。一昔前は新婚旅行のスポットとしても人気で、今でも日本人・外国人問わずたくさんの観光客が訪れる場所であります。

そんな、メジャーなのかマイナーなのかちょっとわからない不思議な場所、那智勝浦町。そのなかで、旧村単位でいうと村に当たる「色川」というところに、現在僕は住んでいます。
茶畑色川の場所は、那智大社や那智の滝の山の裏側。最寄り紀伊勝浦駅から、車を20分以上走らせてたどり着く、ザ・山の中にあります。町の人口は1万7千人ほどですが、色川の人口は360人余り。非常に小さな集落です。

いくつかの集落は、すべて南向きの斜面を切り開いて造られていて、棚田やお茶畑が広がるいわゆる「中山間地域」です。

移住者が集う理由とは?

しかし、色川は、大学の先生や他市町村の議員さん、学生のインターンシップなど、地域づくりを学んでいる様々な分野の方が多く訪れる場所として、その業界では有名な場所。どうしてこんな山奥にわざわざ視察に来るのでしょう?その理由は、Iターンとよばれる移住者の数の多さにあります。

じつは、色川は人口の4割以上が移住者という、全国的にもめずらしい地域。「移住者受け入れの先進地」なんて言われたりもする、めずらしい地域なんです。

棚田

色川に移住者が入り始めたのは、じつに40年も前のこと。自給自足、有機農業を志す5名が、移住の相談にやってきたのが始まりだそうです。当時は、今とは比べ物にならないくらい移住者がめずらしかった時代。地元の住民は戸惑い、移住者を受け入れるのか、喧々諤々の議論があったそうです。結果的に2年にも及ぶ話し合いの後、初めて移住者が色川に根を下ろすことになりました。

それを皮切りに、同じ志を持った人々が、ポツリポツリと色川に移り住み、今では、その数が約170人にまで増えています。

東京のもやしっ子、和歌山へ!

僕は、そんな色川に移り住んでまだ2年目の新米移住者。現在、「地域おこし協力隊」として、日々地域活動が円滑に進むようなサポートをさせてもらっています。

区の行事に参加させていただいたり、日々の暮らしや地域で起こったことを住民に伝える地域新聞を編集したり、棚田やお茶刈りなどの農作業を手伝ったり、声をかけてもらえたことは、基本なんでもやる、という気持ちで、日々目まぐるしく過ぎていき、気づけば丸2年になりました。

もともと僕は北海道の出身。大学進学を機に上京し、そのまま東京で編集制作系の会社に入社。約3年経理を経験させていただいたのち、生協のカタログ制作の部署に異動。有機農業や減農薬に取り組む農家の方や、原料にこだわったメーカーさんの取材をするうち、自分の考え方が変化していくことに気づきます。「こんなクーラーの効いた部屋で、農家さんの苦労をわかったような気で記事にしていていいんだろうか?」考え始めると、その気持ちはどんどん膨らみます。もっと地に足がついた生き方・暮らし方を追い求めたい! その欲求が抑えられなくなり、地方への移住を決意したのが、3年ほど前29歳の時でした。

地方に出るに当たっての問題点は、やっぱり仕事。ポンと入ってきた人がすぐに仕事を見つけられる、なんてことはなかなかありません。どんな仕事があるのか、どんな暮らし方があるのか、探していくなかで出合ったのが、色川の「地域起こし協力隊」の募集でした。3年という区切りはあるものの、地域のなかに入って仕事ができること、自分の経験が生かせそうなこと、このあたりが引っかかりとなって応募を決めます。初めて訪れた時に見た棚田の風景、そして出合った地元の方々とのやりとりから感じた「しっくり感」が、ここに移住を決めた理由です。

投稿者と子供たち
(撮影 大越元)

その思いは今も変わっておらず、任期終了後もここに定住するべく、仕事をしながら自分のなりわいづくりを進めているところ。明らかに収入は減っていますが、暮らしに対する安心感はむしろ増したように思います。自分の食べるものを少しでも自分で作る。家賃やどうしてもかかる固定費がとても安い。お店がないので、消費の心配がない。安心感の理由はいくつもありますが、仕事と暮らしが地続きで「毎日を暮らしている」という実感が、何より気持ちの充足につながっているのかもしれません。

今後、色川から、季節の便りをお届けしていこうと思っています。また、お会いしましょう。

ABOUT THE AUTHOR

米川智史
1984年北海道生まれ、一応男性。大学進学を機に、憧れの東京へ。考古学者をめざすも挫折して、編集制作会社に拾っていただく。生協のカタログづくりを通じ、じょじょに湧き上がる「東京暮らしへの疑問」と「地に足ついた地方暮らしへの憧れ」が抑えきれなくなり、2015年7月、縁もゆかりもない和歌山県へフィーリングで移住。現在、地域おこし協力隊として活動中。
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