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棚田を守ろう会

こんな百選知っていますか?

全国津々浦々どこかしらを訪ねると、必ずといっていいほど“何とか百選”に出合います。有名なものであれば、「百名山」や「日本清流百選」や「日本百名滝」など。他にも「日本の秘境百選」「イルミネーション百選」など、たくさんの種類があるようで、場所によって、「へえ、こんな百選もあるんだ」と新しい出合いが生まれることもしばしば。
日本全国の中山間地に広がる「棚田」も、「日本の棚田百選」として、117市町村の棚田が登録されているそうです。
前回の記事で、僕が住んでいる和歌山県那智勝浦町の色川を紹介させてもらいました。色川も山あいにひっそりと築かれた集落。百選には選出されていませんが、山の斜面を切り開き、平らにならして作られた、遠い遠い昔、ここに住んでいた方が築いた風景は、時を超えた今なお、僕らの眼前に広がっています。

昨年の稲刈り時の風景
昨年の稲刈り時の風景

「どこから運んできたんだ・・・」というほど大きな石を組み合わせて石垣を築き、水が漏れないように山奥から赤土を運んで踏み固め、きちんと平らに整地する。重機がある現代ですら、骨の折れる作業というのはすぐにわかります。一体どれくらいの時間をかけて、築かれたものなんだろうか。今より、もっともっとお米が大切で、一年の豊凶が死活問題だった時代。地元の方々は、文字通りへばりついて田舎で暮らし、代々その土地を守ってきました。

棚田を守る

時は流れ、お金やものを中心とした都市への憧れ、苦労を背負って生きていた反面教師から、田舎の子供達は、次々に都会へと送り出されていきます。
約40年前色川に移住した方は、「こんなところにいたらあかん」「悪いことは言わない。都会に帰り」「大学まで出てこんなところ、なんでくるんや」と言われたそうです。 担い手がいなくなり耕作することができなくなった棚田は、少しずつ杉林や荒地に変わっていきました。

休耕田
休耕田はいたるところにあります

そんな状況に置かれていても、地元に残り続け、あるいは地元へとUターンして、棚田を守り続けている方々もいらっしゃいます。色川では、「棚田を守ろう会」という組織が立ち上がり、休耕田になっていた80枚の棚田を再び開墾。保全を続けて12年目になります。
現在代表を務める松木繁明さんは、小阪で生まれ育った生粋の色川人。自分の田んぼも耕作しながら、会長として保全活動を牽引しています。

脱穀中の松木さん
脱穀中の松木さん

しかし、棚田の保全は一筋縄ではいきません。遠くからホースを引いて水をとりますが、大雨や強風でホースが外れることもしばしば。途中の水路で水がどこかに漏れてしまったり、棚田に溜まっても動物が開けた穴や床が弱くなったところから流れ出てしまったり。水の管理はいっときも油断できません。
さらに、無農薬・無化学肥料で行うのであればなおさらのこと。田の荒おこしから始まり、鶏糞まき、畔そり、畦塗り、畔の草刈り、草取り・・・と、大きな機械が入ることができない棚田の管理は、本当に、本当に手間がかかります。
それでも松木さんは言います。「いつまでできるかわからんけど、棚田を荒らしたくない」Iターンも地元も関係なく、少しでもこの棚田を守りたい、という思いが、原動力になっています。
辛いだけでは活動も続きません。田植え、草取り、稲刈り、締めなわづくりと、年に4回のイベントを行ない、毎回都会から多くの参加者が集まってくれています。作業を一緒にするだけでなく、夜には酒を飲み交わしての交流会。毎回参加してくれる方もいるほど、交流は深まっています。
また、前回の草取りイベントでは、地元の若者が中心となり、全長100メートルにも及ぶ巨大流しそうめんを制作。新しい動きも生まれつつあります。

スタッフと参加者
スタッフと参加者で記念写真

今年は大きな台風の被害などもなく、順調に稲は生長中です。2017年は、9月17日に稲刈りイベント、11月19日に棚田の稲わらを使って作るしめ縄づくりイベントがそれぞれ行われる予定です。
ぜひ、一度、色川の棚田を体感しに訪れてみてください。都会の喧騒を離れ、時間を忘れて棚田の風に吹かれると、ほっと肩の力が抜けていきます。興味がある方は、いつでも下記連絡先までどうぞ。みなさんにお会いできる日を、楽しみしています。
稲の様子

■お問い合わせ先

棚田を守ろう会 事務局補佐 米川 智史
HP: http://www.zb.ztv.ne.jp/tanada/
MAIL:irokawa.kyoryoku@gmail.com

ABOUT THE AUTHOR

米川智史
1984年北海道生まれ、一応男性。大学進学を機に、憧れの東京へ。考古学者をめざすも挫折して、編集制作会社に拾っていただく。生協のカタログづくりを通じ、じょじょに湧き上がる「東京暮らしへの疑問」と「地に足ついた地方暮らしへの憧れ」が抑えきれなくなり、2015年7月、縁もゆかりもない和歌山県へフィーリングで移住。現在、地域おこし協力隊として活動中。
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