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日本ワインの現場から~後輩から先輩へ
株式会社シャトレーゼベルフォーレワイナリー 戸澤一幸氏インタビュー 前編

前回インタビューを行った、丸藤葡萄酒工業株式会社の大村春夫氏のもとで研修を受け、その薫陶を受けた醸造家は数多くいますが、その中でもひときわ輝くワインを造っている株式会社シャトレーゼベルフォーレワイナリーの戸澤一幸氏。

これまでのこと、これからのことを語っていただきました。

シャトレーゼベルフォーレワイナリーの戸澤一幸氏
戸澤一幸氏 経歴
1996年、山梨大学化学生物工学研究科修士を修了後、株式会社シャトレーゼに入社。
丸藤葡萄酒工業株式会社で1年間の研修後、国税庁醸造研究所へ。
その後現在の株式会社シャトレーゼベルフォーレワイナリーに着任。
ニュージーランドのワインに衝撃を受け、2010年に単身ニュージーランドにワイン留学、
ソーヴィニヨン・ブランのワイン造りを学ぶ。 ワイナリーではぶどう栽培と醸造を担当。

株式会社シャトレーゼに入社した理由

当時後輩が先に入社していたんですが、ワイナリーをやるらしいと聞いて面白そうと思ったんです。

当時、工場を広げるのに110人採用したんですね。でもそこでワイナリーに行けるのは何人かもわからない状態。それでも面白そうと思って入社しました。

ふたを開けたら、ワイナリー設立に向けて醸造用ぶどう栽培などを行なっていた農産部配属になったのは自分ひとりしかいなかったんです。山梨大学からきた同期も他のところに配属になって。正直びっくりしました。

入社時、ぶどう畑は先行してやっていたんですが、ぶどうのこともワインのことも、経験が少ない状態でした。ぶどう畑はマンズレインカットで志村さんが指導していました。

丸藤葡萄酒工業株式会社での研修までの経緯

ワイナリーを設立するにあたって、当時は休眠しているワイナリーの免許を買い取って経営を始めるところが多かったんですが、シャトレーゼでは場所も新しく、免許も新しく取ろうということになりました。

それで社長から、丸藤さんに行ってワイン造りとぶどう作りを全部勉強してこいと言われました。入社してすぐのことですね。会社のぶどう畑をちょっと手伝って、4月下旬くらいには丸藤葡萄酒工業へ研修に入りました。

ギャラリーや貯蔵庫
現在もギャラリーや貯蔵庫、瓶詰室のある旧社屋。 戸澤氏は1年間をこの社屋で過ごしました。

丸藤葡萄酒工業株式会社で研修をしてみて

実はワイン業界にはそんなに詳しくなかったんです。丸藤さんのことも知りませんでしたし、勝沼にあるワイナリーも大手しか知りませんでした。だから、研修を受けるにしても、なんでここに来たのかなと思っていました。

でも、1年研修して思ったのは、丸藤さんでよかったということ。丸藤さんは本当にすべて手造り。基礎を学ぶのにはすごく良かったと思います。大村社長のようなカリスマもいますしね。会社から言われたのは、ぶどう栽培も醸造も、テクニックを盗んでこい、勉強してこいということ。加えて、大村社長の喋りも盗んでこいと言われました。それはさすがに無理って言いましたけどね(笑)。

 

ぶどう栽培もワインの仕込みも、製品の瓶詰めや配達はもちろん、工場見学の案内も、何から何までやらせてもらいました。そうする中でいろいろとできることの幅が広がって行きました。さらに大村社長のもとにいろんな人が来るんです。

業者も同業者も、著名人も来てすごいなあと思いました。そうした来客があると社長が紹介してくれて。奥にある試飲室でお客さんと社長が話しをしている時に良いワインが開いたりすると、社長が呼んでくれて、一緒にテイスティングさせてくれたりすることもありました。

本当に勉強になる1年を過ごすことができましたね。シャトレーゼでワインを造ったり、何かをするに当たって、常に根底にあるのは丸藤さんでのやり方。本当に自分の基礎になっていて、そこからさらに自分なりのものを積み上げていっていると感じています。

 

丸藤さんでの研修のあと、国税庁の醸造研究所に1年行っていました。しっかりお酒が造れる人がいるというお墨付きをもらうためでもあります。それで、勝沼に戻ってきてから会社が免許申請をして、無事2000年に免許を取得しました。

シャトレーゼベルフォーレワイナリー
シャトレーゼベルフォーレワイナリー。
メルシャン勝沼ワイナリーなどが連なる「ワインバレー」にあります。

ぶどう栽培について

勝沼ワイナリーの敷地内にある小さなぶどう畑
シャトレーゼベルフォーレワイナリー勝沼ワイナリーの敷地内にある小さなぶどう畑は、
取材時、ヴェレーゾン(ぶどうの房が色づいてくる時期)を迎えていました。

ぶどう栽培を始めたばかりの頃は、良いぶどう作りというか、いかに病気にならないぶどう作りができるかが課題でした。

そんな中2007年に、現在の「山梨大学ワインフロンティアリーダー」の前身で、社会人になった人の会がありました。そこで中央葡萄酒の土橋さんや、当時ルミエールにいた小山田さんなどと集まって勉強会をやっていたんです。

最後にはちゃんとテストもあって。最終的に、ワイン科学士という資格を取りました。

 

その会の時に横のつながりがいろいろできました。中でも大きかったのは、キスヴィンの荻原康弘さんと、甲府にあるシャトー酒折のワイン用ぶどうを栽培している池川仁さんにそこで出会ったことですね。

ぶどう栽培について根本的に学び直さないとだめだと強く思いました。大村社長の存在は大きかったですが、あのふたりに出会わなければ、ぶどう畑にはそんなに真剣に出ていなかったと思います。

 

実はふたりと出会う前に、ビオディナミを試みたことがあって失敗しているんです。もちろん、畑の一区画だけですけれども。

ビオディナミを始めたきっかけは、知らずして評価することはできないなと思ったのが理由です。実際にやってみると、1日で葉っぱがなくなるとか、いろんなことを経験して、3年やってみてやめようと思いました。

その後荻原さんと池川さんに出会って、まずはぶどうの植物生理をしっかり理解しないといけないと思いました。いきなり直球ではなく変化球を覚えようとしていた。それじゃだめだし、まずは直球をやってみようと考えて、ふたりにいろいろ質問をしながらぶどう栽培をするようになりました。

 

後半は、戸澤一幸氏のワイン造りを変えたニュージーランドワインとの出会い、そしてこれからのお話を伺いました。後半はこちら。

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