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日本ワインの現場から~後輩から先輩へ
株式会社シャトレーゼベルフォーレワイナリー 戸澤一幸氏インタビュー 後編

戸澤一幸氏前編では、戸澤一幸氏のこれまでのキャリアについて伺いました。後編ではそのキャリアを大きく変えることになったニュージーランドワインとの出会いと、これからのことをお伺いしました。

ニュージーランドワインとの
出会いと金賞受賞

その後、フライングワインメーカーのダニエル・シュスターというニュージーランド人が勝沼に来ました。ウチのソーヴィニヨンブランはオーソドックスなワインとコメントをもらいましたが、ニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランを飲んで衝撃を受けました。

これは現地に行ってみないとわからないと思い、2010年に休職願を出して自費で行ったんです。収穫と仕込みに行きました。2ヶ月という短い期間ではありましたが、とても濃密な時間を過ごすことができました。
帰国して、その年に国産ワインコンクールで金賞、しかも甲州の部門最高賞を取ることができました。

シャトレーゼベルフォーレワイナリーの畑について

社名は、シャトレーゼホールディングスが雪印ベルフォーレワイナリーを傘下にしたことから今の名前になっています。

弊社では3ヘクタール勝沼に畑を持っていて、最近では北杜市にある農場を管理することになり、今までぶどうを栽培したことがない人たちと試行錯誤しながらやっています。

そこは勝沼と違って標高が800mあるので、風土が全く違っていて面白いんです。周りは畑のない山の中だから虫が多くて大変ですけれどね。
ブドウ畑

世代交代について

僕は今の勝沼があるのは先人たちのおかげだと思っています。確かにちょうど代替わりのところではありますね。

舵取りを変えるとなれば諍いがあるのは仕方のないことだと思います。現在の日本のワイン産業を考えると、変わらなければいけない時期ですし、そういう意味でも世代交代はちょうどいいのだと思います。私は大村社長に反発する気持ちはないですね。

丸藤葡萄酒の先代の社長は経営的な感覚を持っている人でしたが、大村社長は技術者ですから。その下にいるので、それはないんです。

これからの100年

長野や北海道など、山梨以外の地域も注目されていますし、美味しいワインもたくさんあると思いますが、ワイン業界の中心は勝沼だと思うんです。何をやるにしてもそう言えると思います。

今まではお土産ワインだったところを、大村社長はいち早く切り替えて、それに各社が追随していって。それがあったから次の世代の人達が今ワインを造れている。それがなければ本当にワイン産地そのものが今なかったと思います。

これから先、畑をやっていく中では、勝沼という産地が残るのかどうかというのがあります。

ぶどうがないとワイン産地とはいえないので。とはいえ、ぶどう畑が広がる勝沼の中でも変化はあります。

気がつけばソーラーパネルができていたり、誰が使うのかわからない大きな道路ができていたり。でも、実際僕がぶどうで収入を得てみろと言われたとしたら、そうした人たちと同じ考えを持つかもしれないと思います。

僕はサラリーマンなので、ソーラーパネルや道路のことを僕が言っても、理想だよと言われるかもしれないですし。やはり、家業としてぶどう作りをして、家族を養うのはすごく大変なことだと思います。

じいちゃんからの土地をよろしくなと、簡単には下の世代に言えないですよね。だから、どんどん畑はなくなっていくし、高齢化で次にやる人がいない状況です。獣害の問題もあります。

これからは今ある畑を守っていかなければいけないと思います。それには、畑の特徴を生かしたワインに仕上げて、情報発信をしていくことが大切だと思っています。
戸澤一幸氏

これからの産地形成について

勝沼は東京に近いというメリットは長野よりあると思うので、そういうことを利用しながら産地作りができたらと理想だと思います。

勝沼に観光に来てもらって、ワイナリーに寄っていってもらって、産地そのものが潤っていけばと。
たとえばワインツーリズムやその他の観光などの情報発信をして、気軽に観光を楽しんでいただけることをアピールしたり、どこに行ったら良いのかわからない人には、SNSなどで具体的な提案をしたり。それなら町としても、産業としてもやっていけると思ったりします。原産地ということを押し出してやっていく方法です。

その中で僕自身は、美味しいワインを造っていくという大事な務めがありますから、それをしっかりやっていきたいです。

100年後の勝沼に、ワイナリーが残っていて欲しいなと思いますね。ありがたいことに、今ワイナリーをやりたい人がとても多いです。それも、ぶどうからやっていこうという感じで入ってくる人が多いですね。そういうことを考えると、業界としては先があるのかなと思います。

「トロワ・ジョワ」のシリーズ
本当に作柄のいい年のみに造られる「トロワ・ジョワ」のシリーズ。
写真は2009年のシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー。

これから目指していきたいこと

今は、ニュージーランドのスタイルを目指してソーヴィニヨン・ブランを造っていきながら、「こういう感じのものが勝沼ならできるよね」という味わいのワインを造りたいですね。品名や地名をうたえるようなものに仕上げていかないといけないのかなと思います。

あとは甲州。甲州は勝沼でワイン造りをしていくなら磨かなければいけない品種だし、素通りできない品種だと思います。

甲州があるから勝沼の存在意義があるので。日本のワインってなに? っていうとやっぱり甲州。ですが産地として認められるには共通言語になる品種でないといけないと思うんです。シャルドネを造ってブルゴーニュのワインに勝とうとは思わないけれど、いいシャルドネだと思わせるものを造って、そこでやっと甲州の意義や、武器としての部分が問われると思います。

日本ワインコンクールも賞をとると領事館や大使館にワインを送ってくれと言われるんです。そういう時に、これが日本のワインですとサービスされるなら、こんなワインなの? とがっかりされたくない。これはどこで造っているの? と思ってもらえるようなワインを造りたいです。

ソーヴィニヨン・ブランで世界に挑む

以前、ニュージーランドの友達が連絡をくれて、「こっちでテイスティングをするからソーヴィニヨン・ブランを送って」と頼まれたことがあります。

友達が、日本のもあるよと出したら、フォリウム・ヴィンヤードの岡田さんが、「ブラインドで出されたらニュージーランドのものと間違うかも」とおっしゃってくださって。リップサービス的な意味はあるかもしれないですけれど嬉しかったです。

マウントフォードの小山さんにも評価してもらえました。ニュージーランドに見習うことはたくさんありますが、日本の畑でやれることはまだまだあるし、日本だからこそできるオーソドックスなものを造っていきたいです。

やはり、ワインは世界商品でもあるので、そういったところを目指さないといけないなと常に意識しています。

ワインを造っていく中で、どこと勝負しなければならないかというと、相手は日本ではなく世界なんです。そこにどうやって挑んでいくかというのはとても大切だと思っています。世界の中で、自分の立ち位置はどこなのか常に気にしていたいです。

 

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