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日本ワインの現場から~先輩から後輩へ
丸藤葡萄酒工業株式会社 大村春夫氏インタビュー 前編

日本で造られるワインが、いわゆる「お土産ワイン」と言われる甘いものから、辛口で繊細なものへとシフトし始めて20年ほど。今、日本ワインがブームになっています。しかも「空前の」とつけてもいいほどの。もちろんそれは、ワイン造りの現場の懸命な努力と試行錯誤によるものといっていいでしょう。

そして、日本ワインの現場に今、押し寄せているのが世代交代の波。親から子へ、先輩から後輩へと、そのスピリッツが受け継がれていこうとしています。

初回となる今回は、日本ワインの造り手の中でもカリスマ的な存在として知られる、丸藤葡萄酒工業株式会社の大村春夫社長からお話を伺いました。これまでのキャリアやこれからのことを紐解いていきましょう。

大村春夫氏
大村春夫氏 経歴
東京農業大学農学部醸造学科4年の時に卒論で醸造試験所へ。
社会人になってさらに1年(通算2年間)醸造試験所でワイン醸造全般と現場の作業を経験。
実家である丸藤葡萄酒工業へ戻り、1年後にフランスのボルドー大学へ留学、
I.T.V(ぶどう・ぶどう酒研究所)に在籍。帰国後ぶどう栽培とワイン醸造を担当。

 

フランスから
帰ってきて驚いたこと

ワイナリーができて127年経ちますが、元は地主で、5代前の高祖父がメルシャンの前身である大日本山梨葡萄酒会社に出資しています。高野正誠と土屋龍憲をヨーロッパに留学させるために株式会社組織にする必要があったと聞いております。自分は次男で、兄が畑をやっています。三男は東京神楽坂でワインバーを経営しています。

僕がフランスから帰ってきたときにはカベルネ・サントリーなどの交配品種を棚栽培していたけれどうまく行っていませんでした。

摘房をするとか除葉するなどという事も考えなかった時代なので、ブラック・クイーンは房も肩が張って大きく、口が曲がるほど酸味が強い。どうせ搾るからとぶどうを手で持って切るのではなく、ハサミを入れてそのまま箱に落とすくらい雑な作業。もちろん腐った果粒を取り除くようなことはしていませんでした。

ボルドーから帰った日の翌朝7時に起こされて、料理ワイン用のクズぶどうを計量しなければならず、とても嫌でした。こんなことをする為にボルドーに勉強しに行ったんじゃないとショックを受けて。それで、翌年からはクズぶどうの購入は止めました。醸造面でも、まだマスカットベーリーAに産膜が張ったりすることが多かったです。

丸藤葡萄酒工業の旧社屋
丸藤葡萄酒工業の旧社屋。
奥には醸造設備や貯蔵庫、ギャラリーなどがある。

美味しいワインを
醸造するために

その頃、醸造試験所でサントネージュワインから来ていた研究員がキラー酵母というのを開発しました。時は移り、ぶどうを収穫するときに腐れも除き、さらに醸造場で選果もし、マロラクティック醗酵もかなり容易に行えるようになり、産膜の問題も大分軽減されました。

マロラクティック醗酵が今のように簡単にできなかった時代。海外の文献にはトマトジュースに乳酸菌を培養して添加するという方法が載っていましたが、日本だと酒税法違反で使えませんでした。それで、法改正を日本ワイナリー協会でお願いして、酒税が上がるタイミングなどで、交換条件で改正して頂きました。濃縮ジュースを使ってワインを造る量が多かったので、ワインになると酸が足りなかったから、リンゴ酸を添加しても良いようにしてもらったり。

産膜の問題は変わらずあったんですが、マロラクティック醗酵のスターターカルチャーを添加しても良いということにしてもらったりとか、諸外国で当たり前にやっていることを日本でやってもいいんじゃないかということで段々と変わってきました。栽培面でもかなりの改善がされ、収量を制限したり、除葉したりしてぶどうを完熟させるようになってきたので、品質も随分向上してきたと思います。

旧屋敷のシャルドネ
旧屋敷のシャルドネ。管理の行き届いた美しい畑です。

 

欧州系ぶどう品種について

今から29年前、海外から安くて美味しいワインが日本に入ってくるようになり、このままだと日本のワイナリーは立ち行かなくなってしまうと思いました。あと2年で創業100年、100年経ったらワイナリー止めてもいいかなと思いました。しかし、止めるのはいつでも止められる。悔いを残さないようにしようと欧州系品種の垣根栽培に挑戦しました。マンズレインカットです。

自宅の横に、彩果農場という垣根の畑を作りカベルネ・ソーヴィニヨンを植えたのを皮切りに、旧屋敷にシャルドネを、北畑にカベルネ・ソーヴィニヨンとプティヴェルドを次々と垣根栽培で植えました。

中堅のワイナリーでは勝沼で最初。そこから他の会社に穂木を分けたり、マンズレインカットの生みの親、志村富男さんを呼んで剪定講習会を開いたりしました。

フランスから戻ってきた時、カベルネ・ソーヴィニヨンを植えれば、フランスと同じ様な品質のワインができるものと思っていました。甘いですよね! 気候風土が全く違うのに……。彩果農場は当初、畑で台木だけ挿しておいて新梢が伸びたところで緑枝接ぎをして増やしました。最初の3年は比較的品質が良いのですが徐々にトーンダウンしてくる。

91年にはカベルネ・ソーヴィニヨンのワインが100ℓできましたが樽に入れるほどの量ではなくバットに入れていてバットごと移動した折にややこぼれたのを知らず、放置していて駄目にしてしまいもったいないことをしました。92年には1樽分ワインが出来、とても良い出来でした。未だにこのカベルネ・ソーヴィニヨンを超えるものは出来ておりません。

その頃、ボルドーの白ワインはあまり有名では無かったと思います。貴腐ワインを除けばグラーブでは数社が造っていたと思います。品種はセミヨンとソーヴィニヨン・ブラン。当時はブルゴーニュのシャルドネの存在をあまりみんな知らなかったんですね。当時のヨーロッパの白ワイン品種といえば、フランスのセミヨンかドイツのリースリング。赤はカベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、メルロー、ピノ・ノワール。他のことはあまり聞いていませんでした。

ワイナリー内の樽貯蔵庫
ワイナリー内の樽貯蔵庫。醗酵の季節はワインの香りに包まれる。

樽醗酵と樽貯蔵の違いを
実際に造って経験する

1992年勝沼醸造さん経営のレストラン「風」のオープニングイベントでフランスのシャトーのオーナーを招き、試飲会をしました。シャトー・ド・フューザルやシャトー・アンジェリュスのオーナーもおりました。

僕の隣に座ったのは、浅井宇介さんでした。赤ワインが殆どでしたが最後にフューザルの白をテイスティングした時、樽醗酵と樽貯蔵どちらが樽の香りが強く付くと思うかと麻井さんから質問されました。中小の若手醸造家で頑張っているがこの事を識っているかどうか試されたのでした。

大手の人たちは経験済みだったけれど、僕は赤ワインの樽熟成は経験していたが白の樽醗酵、樽熟成は未だ経験がなかった。浅井さんが席を外した時にマルスワインの橘工場長が僕の横にやって来て浅井さんと全く同じ質問をしたんですね。同じことを2人から言われたのでこれは自身で試さないといけないと思い、彩果農場のカベルネ・ソーヴィニヨンのために1樽注文を出しておりましたが追加で2樽買って、樽貯蔵と樽醗酵の甲州をやることにしました。

樽醗酵への長く続くチャレンジ

けれども樽醗酵は失敗。なめてかかっていました。酵母さえ入れれば醗酵すると思っていたんですね。タンクと違って樽は醗酵温度を管理することが難しいんです。また、日本の酒税法には検定というのがあって、新しい容器は容量を測って税務署に検定台帳というものを提出せねばなりません。樽の場合は水を入れて何回か尺棒を入れて測るんです。検量してから、使用するまで硫黄燻蒸して保管しますが、果汁を入れ醗酵させる前に再度硫黄燻蒸することになるので、二酸化硫黄の濃度が高くて醗酵疎外の要因になります。

来るべきシャルドネのために樽醗酵やっておこうとやり始めたけれど、10年間位失敗していました。硫黄燻蒸の影響で醗酵が遅れたり、醗酵の最後にうまく温度を上げられないから、醗酵しきれなくて糖が食いきれず、ちょっと甘いワインができちゃったり。果汁を樽に入れすぎて醗酵中溢れたり。試行錯誤を経て甲州やシャルドネの樽醗酵が上手く行くようになりました。

日本家屋をリノベーションした新社屋
今年の春オープンした、日本家屋をリノベーションした新社屋。

 

経験と教え、
大手ワイナリーからの学び

ワイナリーズクラブでの勉強会の時のこと。樽醗酵と樽貯蔵の甲州をブラインドで出したんです。シャトーメルシャンの味村さんとマンズワインの松本さんにも参加してもらっていました。ワイナリーズクラブのみんなは両方とも「いいね!」と言ってくれました。

でもなんか僕は樽貯蔵の方は良いけれど、樽醗酵は醗酵が始まるまでに1~2日遅れたので若干、後ろめたい気持ちがあったんです。それで、味村さんにどうです! と聞いたら「樽醗酵の方は変ですね!」と。松本さんは?「おかしいね!」と言ったんです。それで、大手の2人はきっと私と同じ経験をしているに違いないと勝手に確信を持ちました。

そうしたことこそが勉強であり教えだと思います。もし彼ら発言がなかったらそれで終わってしまったかもしれない。2人がおかしいね!と言ってくれたことがすごく勉強になっている。大手のワイナリーが偉いなと思うのは「一生懸命やってどうしても解らないことを質問すると」ちゃんと応えてくれること。

今の若い人は「大村さん酵母何使っているんですか?」といきなり聞くけど、それは自分で色々実験して確認するべき。自分はこうしているよということは言えるんだけれど、そんなことを言ったところでぶどうも違えば、搾汁率も果汁の処理の仕方も違う、いろいろ違うことはあるので、僕も大手に聞いて「あれ?」ということは何度も経験している。細かなプロセスを確認することで気がつくことがたくさんあるんです。

トライアンドエラーだし、それを繰り返して、変な失敗はしなくなって来ていると思います。そういう経験を積んできて40年余。長老の部類に入ってきました(笑)。時が経つのは早いですね。

つづきは「後編」へ!

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