前編では大村春夫氏のキャリアと、これまでのワイン造りに関することを中心に伺いました。
後編では日本ワインの現状やこれから100年のこと、そして、後輩に向けてのメッセージをお伺いしました。

日本のワインの現状
日本のワイン産業が脆弱だった29年前と今は違う。周りのみなさんのお陰で日本のワインも育ってきました。
大手とそうじゃないところの違いが歴然としていた頃があったけれどそれも少し縮まってきたし。若い栽培醸造家が海外へ行って帰ってきてね。ダイヤモンド酒造の雨宮吉男君、くらむぼんワインの野沢たかひこ君、中央葡萄酒の三澤彩奈さん達ですね。
大手メーカーの栽培醸造家ももちろん海外経験者はたくさんおります。海外で勉強して帰ってきた人達は、僕らの頃と違って土の中まで見たりするようになるじゃないですか。その差は大きいです。
それから、大手メーカーだとサントリーはラグランジュを買収し、メルシャンはレイソンを買収した時期があって。海外の名門と直接のやり取りができるようになって栽培や醸造の事が大分進歩したような気がしますね。
また、技術的には大手のOBが小さなワイナリーで働くようになって、かなり日本ワインがレベルアップしている。
今はいくつかワイナリーの団体があるので、それなりの情報交換というのが黙っていてもできる。また、ワインセンターで分析や仕込みの修行をしたりして、研修生同士やワインセンター職員との繋がりができれば技術もそれなりに上がると思うし助かっていると思います。

これからの100年
ぶどうの生産者がブルゴーニュのようにワインを造るためのぶどうを栽培してくれることが理想ですね。ワインが高値になればぶどうも高値になるし。
オーナーがベンツに乗ったりできればその背中を見て若手が育つでしょう? 結婚式や葬式にも軽トラックで出掛ける親を見たら、子供達はかっこいいとは思わないと思う。
もうちょっといい生活を見せれば跡を継ぐようになると思うけれど農業の後継者問題はなかなか難しいですね。
それから、今は日本ワインがブームになっているから、今までと違って異業種からワイン業界に参入してきている。そうした会社が今までの慣習を破って、今まで取引しているワイナリーを無視してぶどう農家から高値で買い付けたりするとどうなるか? その農家と取引していた会社はやっていけるのか? 危惧します。
結局、最終的にはワイナリーが自身で畑を持ち、必要量を確保せざるを得ないのではないかと思いますね。そうしたことと、人件費の高騰や資材の高騰があって、どうしてもワインが安くできないんです。でも高くしてしまうと取り扱ってくれているところに入りにくくなりますしね。悩ましいです!
美味しいワインを造るために最も重要なのはぶどうのポテンシャルを上げるための取り組みです。
醸造技術もまだまだ発展するとは思うけれど、技術は今の時代インターネットなどであっという間に世界に伝播します。ぶどうが良ければ、基本に忠実にさえ造ればそんな変なワインはできないですから。あとは設備。良い設備が整えられれば今のように苦労せずにできると思いますね。
でも何より、ぶどうの良いものを作る段取りのほうがどちらかと言えば大変な気がします。
自然派について
自分も野生酵母を使ったりもしています。ぶどうを栽培する上で、自社では無農薬とかはまだちょっと踏み出せていないです。
低農薬はやっていても完全無農薬は勇気が要りますね! 金井醸造場の金井一郎君みたいにチャレンジできないなと思います。そうした試みは、やりたい人はやればいいし、それで人気になればいいし、美味しければ良いと思います。それが好きっていう人も沢山います。
ビオディナミには反対しないけれど、ワインが美味しいことが重要。亜硫酸の添加量も今は100ppm以下とかなり少ないです。それは自然派と量的にそんなに違わないんですよ。だから、僕は醸造全般を通して少量使うほうが良いと思っています。
醗酵のこととか、熟成の事とか解らないことはいっぱいありますが、日本ワインも大分認知されて来ていると思います。

なめらかな口当たりと柔らかな味わい。
コンクールで受賞することについて
今回日本ワインコンクールでシャルドネが金賞を取ることができて、嬉しく思っています。
受賞したものは5種類あるけれど、1,200~3,500本程度しか造ってないものだから、あんまり偉そうなことは言えませんね! 世界から見たらワイン造りの範疇じゃあないですね! ままごとみたいなもんです。
品質を維持してヴォリュームを増やすとなると、それはそれでかなりエネルギーが必要な事だと思いますが品質向上のための一歩と思えばそれはそれで価値あることかと思います。
日本、そして世界のワインの潮流について
これだけ日本ワインブームになってきて、みんなこぞってワインを造っているけれども、この先、多分、造ったは良いが販売が思うようにならなくて製造中止を余儀なくされるワイナリーも出てくると思う。
世界中でワインが造られ、日本は魅力的なマーケット。EPA交渉もご存知の通り。このままみんながみんな順調に売れていくとは思わないし、淘汰される時代は来る。減産を考えないといけない時代が来るのかもしれない。
だから少量でも生きて行ける方法を探ろうと今年の6月末にパリのクロ・ド・モンマルトル畑に行ってきました。日本で言えば浅草みたいなところでぶどう栽培をしているようなもの、猫の額ほどですが……。
あのワインが飲みたいと無性に思うようになったりしてね。どこでどう消費されているのかななんて考えたりもします。
たぶん世界中でワインブーム。今から40年位前、僕がワインに手を染め始めた頃はカリフォルニアなんてそんなじゃなかった。まだ産声を上げたくらいなもの、でも、あれよあれよという間に品質が向上していき世間に広がっていきました。
ドイツワインの変遷もカリフォルニアワインの台頭も見てきましたし、アルゼンチン、チリ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカも続きます。私が訪ねたときはチリはぶどうが良くて、設備はいまいち。アルゼンチンはぶどうはチリほど良くないけど設備が良い、どっちが良いのかといえば最終的にはぶどうが良いほうが上でしょう!
良いぶどう産地には海外から資本が投入されてあっという間にチリワインが拡散していった。ニュージーランドや南アフリカ等新興ワイン産地は国策でのワイン産業を実感します。

周辺は一面ぶどう畑です。
原産地呼称制度について
日本は今、やっとワインの表示問題が話題に上る様になりました。地理的表示山梨などを例にしても、弊社にとっては追い風だけれど、僕の仲間のもっと小さなワイナリーだと、何もしなくても売れちゃうのに何故、そんな面倒くさい事を態々する必要があるのかという感覚です。
そうではなくて、自社のブランドを構築することはもちろん大事ですが、産地のブランドも皆で作り産地を売り込んでいかないと。目の前のお客さんにだけ売っていれば良いという訳ではないと思います。産地全体のことを考えることが重要だと思います。
プロモーションと
産地ならではのワイン造り
ロンドンへの日本ワインの輸出に8年挑戦して来ました。2社ぐらいが流通に乗って輸出していますが、残念ながら我が社のワインは2年ほどロンドンのインポーターに取り扱って頂いたものの、市場としては難しいですね。
ロンドンには世界中のワインが集まって来て、新興国のワインは4~8£で流通されていると聞いたことがあります。そんな値段じゃあ出荷できないですね! 現地に出回っている日本ワインのうちの一つは13£で売られていて、うちのワインは現地で25£します。極端に品質の差が無ければ売れる訳ないですね!(笑)。
ロンドンプロモーションに関しては国や県から補助金が出たりしているからアウトプットしなければならず、会議をしたりプロモーションしたらマスコミに出さなければいけない。そうすると、そういうニュースに触れると日本のワインも頑張っているな!と思っている人もいるかもしれないが現実は厳しいです。
長野でもメルローやシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンをやり始めていますよね。そういうふうに欧州系品種で生きられるところもあれば、僕達みたいに甲州じゃないと生きられないところもある。
若干は欧州系を造ったりしているけれど、それは屋台骨を支えるものではないし。その屋台骨を支えるものを、コンスタントにいいねと言ってもらえるようにならないとワイナリーとしては生きられないと思いますね。
社長として、技術者として
ワイン造りは現場にいるのが一番楽しいと思っています。現場でやっていた頃、仕込みは1年に何回も出来ないのであれやこれや実験的にやりたいと思っていました。
昔、パン屋さんやお菓子屋さんはいいなあと思っていました。小麦粉、砂糖、バターがあれば年間に何回も試作が出来る。ソニーのウォークマンが流行った頃、一度ウォークマンの金型が出来ると同じものが何万個も出来ていいなと思ったことがありました。
しかし、すぐその考えの間違いに気づきます。工業製品は大手資本に裸にされてもっと機能を加えたものが出れば消費者はそっちに流れてしまう。その点、ワイン造りは大手も小さい所もない。農産物だから毎年同じものが出来ないし、自分の色が出せると。
現場でやっている時が華ですよ。失敗してもうまく行ってもね。現場を離れて思うに、またもとに戻りたいとは思いつつも今は年齢なりに雑用が多くて。雑用と言ったらいけないけれど。
現場にいると醗酵中の酵母と対話できるし、いろんな実験ができるじゃない。なかなかコンピューターの前に座るようになると出来なくなるというのは事実です。現場にいるその時間を大切にして欲しいと思います。